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13.08.12 不発弾、地雷の回収と愛媛銀行様、国際ソロプチミスト今治様から、頂いた鉛筆などの寄贈

村から地雷と不発弾を回収した。その後、次の地雷原を調査しました。
地雷原を調査した地区で、危険回避の啓蒙活動をした。 愛媛銀行様、国際ソロプチミスト今治様
から、頂いた鉛筆などを子供たちにプレゼントして、危険回避を呼びかけた。  (記:高山)

回収した対人地雷Type69(中国製)と、小銃弾


回収して信管などを外し安全策をほどこした72A型対人地雷(中国製)




畑の中に埋設されていたおびただしい数の小銃弾


雨季の今の時期は、泥濘化した道に一苦労する


地雷原の傍の地域で、危険回避の啓蒙活動も重要です。
特に 元気に遊び回る子どもたちが知らず知らずのうちに地雷原の中に入ったり 開梱などの農作業に従事する村民の方たちが 被害にあうこともなく ましてや尊い命を落とすこともないように・・・。


今回は愛媛銀行様、国際ソロプチミスト今治様から頂きました鉛筆をプレゼントしました。
この場を お借りして 心より感謝申し上げます。


次期探知作業する地雷原(カムリエン郡ボングリエンコミューンプレアポット村)の調査次期探知作業する地雷原(カムリエン郡ボングリエンコミューンプレアポット村)の調査を行いました。

13.08.08 #3期CMAC-IMCCDプロジェクト署名式

2013.8.8(木) CMAC(カンボジア地雷対策センター)本部において、#3期地雷・不発弾処理共同事業の署名式が行われました。
本共同事業は2013.8.16~2014.8.15の1年間で、カンボジア北西部タイとの国境地帯のバッタンバン州カムリエン郡、プノンプラ郡、サンパウルーン郡の3郡(人口約15万人)を担当して、特に対戦車地雷の探知処理活動を行うものです。直接の活動経費は、33,114.01ドルを計上しました。これらの経費は、小学生、中学生の募金や一般の市民の皆様、各企業様のご寄付など本活動に賛同して下さる多くの日本の皆様の善意のお金で賄われています。
署名式に先立ち、ヘン・ラタナ長官に、日本の皆様から頂いた善意のお金について
説明しました。ヘン・ラタナ長官は、「小学生や中学生、日本の皆様の善意を重く受け止め、IMCCDと共に活動し、本プロジェクトを成功させなければなりません。IMCCDが対戦車地雷の処理活動を2年前から始めて頂いたので、悲惨な事故も少なくなってきました。しかし、昨日も対戦車地雷で家族全員が爆死するという悲しい事故も報告されました。地道な活動ですが、日本の皆様に感謝しながら、事業をやっていきましょう。」と、コメントされました。
その後、署名式に移り、ポムロー副長官と高山が署名致しました。
ご寄付下さいました皆様に心から感謝し、お礼を申し上げます。
(記:高山)

ヘン・ラタナCMAC長官と懇談し、日本の皆様の善意のお金について説明しました。


ポムロー副長官との署名式


これからまた1年間、お互いに協力して事業を進めていきましょうと、固い握手をしました。

13.05.30 「じんもりスクール」完成

2013.5.30(木)、バッタンバン州カムリエン郡オダコミューンオダ村に
小学校1棟「じんもり(神森)スクール」が完成しました。
これは、大阪府豊中市の神森久忠様がご寄贈下さったもので、3教室の校舎です。
式典には、バッタンバン州副知事のソッコン様、カムリエン郡長、カムリエン郡教育長など関係者、村人など多数が参列されました。
神森様のスピーチでは「カンボジアの発展のためには教育は大変重要です。この校舎を使って、しっかり勉強して下さい」と、激励されました。
ソッコン副知事からは「神森様は、ご兄弟がタランコミューンカンダール村に既に1棟中学校の校舎をご寄贈して下さっています。今回はご自身が、このオダ村の小学校に1棟ご寄贈下さり、大変有難うございました」と、述べられました。
神森様、大変ありがとうございました。




13.05.22 日本語教室でタイ語

IMCCDの宿舎では、村の子供たちに日本語を教えていますが、1週間に1回のペースでタイ語も教えるようになりました。先生は、宿舎近くのお寺のお坊さんで、日本語の生徒さんでもあります。日本語の先生は、日本語1期生のサルンムさんです。日本に留学しているチェンターの同期生ですが、日本の会社に勤務しながら、夕方は、後輩たちに日本語を熱心に教えています。
みんながこうして自立してくれるので高山は、不要になりました。嬉しいやらちょっと寂しいやらが本音です。

13.05.03 「東温市海渡る車いす事業実行委員会」様ご寄付車いす、カンボジア赤十字セレモニー

2013.5.3(金)、バッタンバン州都でカンボジア赤十字のセレモニーがありました。東温市の「海渡る車いす事業実行委員会」の皆様が1年かけて準備して下さった15台の車椅子と空気入れなどセットで、贈ってくださったものがバッタンバン市民の皆さんに披露され、プレゼントされました。
式典は州知事主催で、州の主要な方々、市民が参加し、盛大に行われました。




13.05.02 まだまだ啓蒙活動が必要です

2013.5.2(木)、バッタンバン州サンパルルーン郡セライミエンチャイコミューンチュテイ村に行きました。ポーン・ソペイン君(12才)は、4年前に不発弾で遊んでいた時に、爆発し両手を失いました。腹部にも大きな傷跡がありました。
まだまだ、地雷や不発弾からの危険回避の啓蒙活動の必要性を感じました。


13.03.20 プノンプラ郡と地雷処理・市域復興に関する会議

2013.3.20(水)、バッタンバン州のプノンプラ郡の庁舎で、地雷処理活動と、地域復興支援活動についての初めての会議を行いました。
カムリエン郡で活動していますが、最近になって対戦車地雷などが多く発見されている現状を踏まえ、この地域での活動を重視する必要があると判断したからです。
会議には、郡長、副郡長、郡地雷対策担当、各コミューン長が5人と、IMCCDのチームメンバー5人と、高山、そして通訳のチエンターが参加しました。
昨年から現在も、IMCCDチームはこの郡で地雷探知をやっています。その
感謝状を郡長から頂きました。
会議内容は、地雷や不発弾の情報を出来るだけたくさんIMCCDまで知らせて頂くこと。
復興支援は、井戸と学校について日本からの支援があれば、検討したい。
そのための条件として、各村での「ゴミゼロ運動」を実施すること。などを話し合いました。
郡長はじめ皆さんは、実に真剣に対応を考えていました。
(記:高山)




13.03.19 ソケイン副首相カムリエン郡を視察

2013.3.19(火)、カンボジアのソケイン副首相がバッタンバン州カムリエン郡などを視察されました。郡長の要請もあり、高山は副首相の視察行事に参列しました。





昼食もご一緒させて下さり、雑談しながらIMCCDの活動もご報告致しました。
副首相は、IMCCDの活動を高く評価して下さり、約1000人の村民の前で1時間お話しされました。その内容の一端を紹介します。

「私(副首相)は、世界の中で一番すぐれている国民は、日本人だと思います。そして、私個人も日本が大好きです。ここに居ます高山さんは、20年前のUNTAC(国連平和維持活動)で日本の軍人としてカンボジアの再建のために活動されました。軍を退官後もカンボジアに戻って来て、NGO活動として地雷処理の活動と村の復興について、我々カンボジア人と一緒に活動しておられます。我々の国は、少しずつ良くなっています。先ほど高山さんともお話ししていましたが、以前はここからバッタンバン州都まで車で7時間もかかっていました。今は、道路も良くなったので、2~3時間で行くことができます。高山さんもここに来た7年前は本当にご苦労が多かったようです。一つ一つ克服して、皆さんと一緒に村の復興に真剣に取り組んで下さっています。日本の会社が4社も来て頂きました。そして、その日本の会社で皆さんは働くこともできるようになりました。カンボジアのために素晴らしい活動をして下さっています。心から感謝を致します。」と言われました。



お見送りする時も、再び握手と労いの言葉を下さり、私は、「ソケイン閣下が、日本を褒めて下さり大変有り難いと思います。このことは日本の皆様に必ずお伝えします。」と言ってお見送りしました。
(記:高山)

13.03.13 チェンターのタサエンでの近況

プノンプラ郡の役所に行って、地雷処理と地域復興について、情報収集。
一時帰国中のチエンターが高山の通訳を務めました。
村を廻っていたら、チエンターのお父さんがタンク車で水を配っていた。
マンゴー畑のお家に立寄ったら、美味しいマンゴーを貰いました。






13.03.11 今日1日の活動の様子

ブーゲンビリアの花が今綺麗です。 カンボジア語で「プカークロダー(紙の花)」といいます。 一年中咲いていますが、今が一番綺麗なように感じます。40度を超える酷暑になりつつある今がいいのでしょうか。


3月11日、東日本大震災から2年・・・被災地の復興もまだまだこれからだと思います。カンボジアも内戦終結後17年が経ちましたが、まだまだタイ国境に接するこの地域では、地雷や不発弾が多く発見されています。今朝も村人からの情報で、TM46型対戦車地雷1個、Type69型対人地雷2個、RPG7対戦車ロケット弾の尾部2個を回収して来ました。


午後、村人からの情報で、更に72A型対人地雷1個の回収をしました。この地雷は大変危険な状態です。村人が踏まなかったことが幸いしました。


以前は、地雷原だったこの畑も、現在はキャッサバの畑になり、収穫も終わって次の植え付けを準備しています。雨季の雨が来れば一斉に植え付けが始ります。




オ・チャムロン村の畑で、キュウリを栽培している村人に会いました。ここも地雷原だった場所です。キュウリは立派に実っていて、二人の村人が、収穫をしていました。隣のタイに売るのだと言っていました。「美味しいですか」と尋ねると、「美味しいですよ、食べてみて下さい」と1本貰いました。本当にジューシーで美味しかったです。







これからは、キャッサバだけでなく、いろいろな野菜にチャレンジする時期だと思います。楽しみです。
宿舎に帰ったら、子ねこが待っていました。ホッとする一瞬です。
(記:高山)

13.03.04 チェンター一時帰国

2013.3.4(月)、夕方5時、青森県の八戸市にある光星学院高等学校に留学していたタサエン出身のタン・チエンターが帰って来ました。2010年3月16日、このプノンペン空港を発ってからちょうど3年が経ち、1日の卒業式を終えて、当時の校長先生であった法官新一さんご夫妻に帯同されての帰国になりました。空港には、チエンターのお母さんとお姉さん、姪子さんが出迎え、再会を喜び合いました。


5日午前中、プノンペン市内を見学し、午後からはIMCCDの車で一路バッタンバン市内に向かいました。
夕方、バッタンバン州知事が主催して下さった歓迎夕食会で、通訳を務めながら、無事卒業できたことを報告しました。知事からは、「わずか3年で見違えるように成長したチエンターを見て大変嬉しい。本当によく頑張ったと思う。これから更に向上していくだろうと期待している。光星学院の法官様等、お世話になった日本の皆様に心からお礼申し上げます」と、言われました。




法官さんと奥様からは、「彼女は、本当によく頑張りました。学校の勉強以外にも日本の文化や、伝統を積極的に学びチャレンジしました。今では、日本人より日本人らしい女性に成長したと思います。今回こうして立派に成長したチエンターをお返し出来て、皆さんに喜んで頂け本当に嬉しいです。」と言われました。



6日は、早朝バッタンバンを発って、家族や親戚、ご近所の皆さんが待つタサエンに向かいました。
午前9時半ころ、チエンターの実家に着きました。特に、チエンターのお父さんが顔をくしゃくしゃにして涙をこらえていたのが印象的でした。






1時間ほど再会を噛みしめた後、プノンプラで地雷処理をしている現場を法官さん等に見てもらうため行きました。発見された対人地雷など3発の爆破も見学して頂きました。
昼からは、147高地の慰霊碑に参拝し、更に日本の会社などを見学しました。また、母校の中学校にも行ってチェンターは後輩たちに日本での出来事を話しました。夕方は、宿舎で日本語教室の子供達に日本語を教えたり、日本での出来事を話しました。6時半ころから、チエンターの家でパーティーが行われました。
ご近所の皆さんや親戚、日本語教室の子供達などで心行くまで食べて、飲んで歌い、踊りました。











7日は、午前中にカムリエン高校に行って、先生や後輩たちに挨拶しました。教室は、高平幸子さんからプレゼントされた校舎でした。
午後、借り上げのタクシーで、法官さんご夫妻、青森テレビの福士記者はタサエンを後にし、シエムリアップに向かわれました。
チエンターを立派に育てて頂いた法官さん等八戸の皆さんに心からお礼申し上げます。今月23日タサエンを発つまで、家族とゆっくり楽しんでくれるようにしたいと思います。26日には、愛媛に行って次の目的に向かいます。今後ともチエンターをみんなで育てるためにご協力頂ければ有り難いです。
(記:高山)




13.02.27 「タイさくら」満開

今、タイ側では、こんな「タイさくら」が満開です。ちょうど国境の川向うのソンソンコミューンフヤイコ村で見つけました。Mr.コップ村長は、「タイさくら」と言っていました。
以前に、日本桜協会から300本バッタンバン州に寄贈されましたが、殆どが枯れてしまいました。そこで、代用としてカンボジア側にも、この「タイさくら」を植えてみてはどうかと思います。
(記:高山) 




13.02.26 ディマイナーの点火訓練

地雷や、不発弾は、現場で爆破処理します。 その際に、点火は「導火線」に点火具などで点火しますが、点火具がない場合はマッチなどでも点火させます。
確実な点火を成功させるためには、基本的な技術が必要です。その基本を大切にする精神が、事故を防ぐことにも繋がります。
時々、デマイナー全員に、基本訓練を行って初心に帰らせています。この日も、導火線の切断要領や、点火の要領について訓練しました。
(記:高山)


13.02.25 現在の日本語教室の様子

タサエンの宿舎では、毎日夕方5時ころから、日本語教室をやっています。2008年からずっと続けていますから、もう5年くらいになります。その間には、日本の高校に留学した子や、日本の会社に就職しプノンペンで日本語を本格的に勉強した子など、確実に成長しています。
現在は「あいうえお」など初級クラスと少し日本語が喋れるようになった上級クラスに別れて勉強しています。初級クラスは、上級クラスのラックサーちゃんが先生です。
上級クラスは、プノンペンで日本語を勉強していたサルンムさんが教えています。また、この中から日本へ留学する子や、日本の会社で活躍する子が出てくるかもしれません。すべて自分たちで考えて勉強しています。
時々、日本からの訪問者が先生になって頂けます。訪問者もとても楽しんで一緒に勉強しています。
(記:高山)


13.02.17 曽野綾子さんカンボジアへ

2013.2.17、プノンペン空港で、日頃、お世話になっている作家の曽野綾子さんを出迎えました。
公益財団法人 国際開発救援財団(FIDR)の理事を務めておられ、カンボジアでの活動を視察されるため訪問されたものです。
その際にお土産をたくさん下さり、また、昨年暮れに発行された「曽野綾子自伝 この世に恋して」を頂きました。この本は曽野綾子さんの80年の人生を自伝にされたもので、実に興味深く、私は夢中で読んでしまいました。
本質をズバリ指摘されています。是非、読んでみて下さい。
(記:高山)


13.02.16 プノンプラ郡、民家の近くに対戦車地雷

2013.2.16(土)、朝、村人から情報が入った。対戦車地雷があるとの情報だ。
場所は、バッタンバン州プノンプラ郡チョムカートロップコミューンバランクリャ村、宿舎から車で30分くらいの場所だ。
土曜日は、デマイナーは休みなので、チームリーダーと高山の二人で行くことにした。
現場に着いて、村人から情報をとり、細部位置を確認した。民家から10mも離れていない場所だ。


チームリーダーのシェットが、探知棒で探りながら作業を開始した。この辺で見つかる対戦車地雷は殆どが2段重ね、3段重ねが多いので、それを予想しながら、また、下部や周辺に対人地雷をセットしてある場合も考えられるので、作業は、実に慎重を期さなければならない。


シエットの顔面から汗が滴り落ちる。乾季なので土が硬い。水を含ませて土を柔らかくしながら作業した。
シエットの疲労を考えて、交代しながら作業を続けた。二人とも無言で、神経を集中させながらの作業だ。




少しずつ対戦車地雷の全容が見えてきた。


下部に対人地雷の仕掛けが考えられるので、それを確認するまで気が抜けない。探知棒で下部を慎重に探りながら、仕掛け地雷がないことを確認し、慎重に対戦車地雷を動かした。二人とも顔を見合わせて、目で「終わったなあ」と。その後、村人が隣の畑に案内するので同行した。




ソ連製の82mmHE-FRAGが置いてあった。発射されたものだが、戦車にあたらなかったので地中に弾着し、不発弾として残ったものと思われる。危険な不発弾を回収した。


周囲の村人は我々の手を握り、感謝を表した。特に、私が日本人であることに感激して、片腕のない村人や片足義足の村人が抱きしめてくれた。半日をかけた回収作業は無事に終わり、宿舎に向かった。
(記:高山)

13.02.15 サンパルルーン郡で対戦車による事故

2013.2.13(水)、11時半ころ、バッタンバン州サンパルルーン郡セレイミエンチャイコミューンコムニーベン村の開墾農地において、作業中のトラクターの前部右タイやで対戦車地雷を踏んで、爆破される事故が発生した。
IMCCDチームを急行させ、事故現場の周辺を探知した。
運転手のMr.ラーチリーン(27才)は、負傷しており病院に搬送されていた。爆破の状態からTM46対戦車地雷が2個あったと思われる。
(記:高山)








13.02.13 20個の対戦車地雷

2013.2.13(水)、20個の対戦車地雷を発見した。
場所は、バッタンバン州プノンプラ郡プノンプラコミューンプノンプラ村のキャッサバ畑の中。
地雷原番号:00801、約2haの地雷原。
爆破は、後日行うことにし、安全化をして回収した。
(記:高山)