訪問者コーナー

2017年度訪問者 所感

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17.7.25 清家大睦

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17.05.25川嶋凛海

川嶋凛海


5カ月の世界一周の途中で、どこかNGOに訪問したいということで、安田なつきさんに高山さんを紹介していただきました。タイからの入国の際、何をどうすればいいのか全然わからなくて、不安になっていましたが、なんとか高山さんと合流し、高山さん自慢のスーパーカーを見た瞬間、「ああ、私この人と親しくなれるな。」と確信しました。(笑)
 それから、実際にカンボジア・タサエンに暮らしてみて、高山さんに色々な所へ連れて行ってもらって、思っていた以上にすごしやすい環境、明るくて笑顔が輝いている人々、おいしいご飯と20年前にここで紛争が起きていたことなんて忘れていました。そかし、地雷処理回収に同行すると、人々が暮らすすぐ近くに地雷や不発弾が残されていて、はっとさせられました。地雷が日常の一部であるなんて、私が想像したところで、理解できることはほとんどないけど、20年前にはなくて、今あるもの今もなお残っているものが20年前にはどれほど存在していたのか、思いを巡らさずにはいられません。
 高山さんが来る前に、一度訪れてみたかったと悔しささえ覚えます。18歳ながらに(笑)
 本当のところ、まだ自分の考えがまとまらなくて、私がここで何を学び、何を活かすのか、何も見えていません。本物と偽物、2つに分けてしまうのは簡単だけど、どこから見た本物なのか、そもそも本物って何なのか、常に疑う私でありたいと思うのです。
 ただ一つ、間違いなく言えることは、タサエンのマンゴーはものすごくおいしいということ。おそらくタサエンのソラクマエもものすごくおいしいんでしょう(笑)成年になる前に再び帰ってくるつもりですが、20歳になったら高山さんと宴をあげたいです。高山さん、かなえさん、7日間お世話になりました!!本当にありがとうございました!!

17.05.19 三村修司

三村修司

 地雷を見せてもらおう、見たら帰ろう、早く帰ろうと思っていたら、あいにく雨で地雷は見られないわ、3日も滞在するはめになり・・・散々かと思いきや、①現地の暮らしを見られる②子どもたちとふれあえる③USJよりも恐ろしい高山さんのドライブを体験できる、、そして何より④高山さんが尊敬されているので高山さんの顔でただ飯が食べられる!!!
 高山さん、運転は楽ではないのにありがとうございました。真心こめて洗車させていただきました。そして色々わかりやすくお話してくれてありがとうございました。僕はアホなのでほとんど分かっていませんが、なんかすごく嬉しかったです。
 ドリアン!人生初のドリアン!もう一生いらなくなりました!二つで16ドルも!
 インターンシップされている中野さんも高山さんのサポートからハウスキーパーのお手伝いまで素晴らしかったです。
 薄っぺらい僕の人生ですが、人生で一番目か二番目ぐらいに楽しかったです!!

17.05.01見村茄朱美

見村 茄朱美

『天地無私』『熟慮断行』まさに、ター(高村さん)を表現する言葉で、タサエンに帰ると日本にいるこの二つができていない私に気が付きます。ターにはいつも図星をつかれます。
日本にいると「当たり前」が多く、私は日々汚染されていきます。タサエンで浄化します。これを日本まで持ち帰り、継続できれば良いのですが・・。
タサエンの方々の日本とは違う「考え」にいつも感銘を受けます。タサエンは何度来ても最高です。会社の人も連れて行きたいです。
心に沢山の光を吸収しました。明日から、日本でも顔晴ります。ありがとうございました。

17.03.12 大西 覚

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17.02.13 安藤 香里

安藤香里
金城学院大学1年

地雷の処理は3種類見ることができましたが、どれも小さい爆弾なのにあれだけの爆破をしなければならないのを見て、本当に「戦後処理ほど大変なものはない」というのが少しわかった気がします。地雷処理の重みを感じました。また、「お金は必要だが、お金を目的にしてはならない、お金は道具でしかない。」という言葉は、私の父も言っていることで同じ考えなんだと思いました。

17.02.13 大島 穂乃香

大島 穂乃香
金城学院大学1年

今回の研修で高山さんの地雷処理に対する想いを知る事ができ、今後の私の生き方も、もっと強く信念をもって生きて行きたいと強く思いました。私は大学生活で特に何も目的なく過ごしてきました。これからは本質をさがして、目的意識を常に持って行動していきます。

17.02.13 浅井 咲紀

浅井咲紀
金城学院大学1年

地雷処理の見学は、説明を聞きながら、実際に地雷処理をするところまで見られてとても貴重な体験ができたと思いました。高山さんから聞いたお話はどれも心に刺さるものばかりで、貴重なお話を家族や友人などにも話広めていきたいと思います。

17.02.13 新井 千智

新井 千智
金城学院大学1年

兄が義肢装具士で、よく患者の話や義足の話を聞いていました。実際義足を付けているカンボジアの方を見て感じたことは、ちゃんとサイズがあっているか、重くないかとても気になりました。義足の作り方の教育など日本からの支援があってもいいのではないかと感じました。

17.02.13 落合 澪佳

落合澪佳
金城学院大学1年

地雷の処理をしていて亡くなった7名の慰霊碑を訪ねました。そこで見たもの、考えたこと、そして高山さんの表情で様々なことを考えました。この3日間で、普通に日本で生活をしていたら気づくことができないことや体験できないことをしてとても充実した日を過ごせました。日本語学校の子供たちにお花をもらえ、ありがとうと言われたことは本当に嬉しかったです。人の温かさを知り、言葉が通じあわなくても分かり合えると実感しました。

17.02.13 村上 由華

村上由華
金城学院大学1年

地雷の爆破の現場に行き、地雷が埋められている場所があまりにも広いことに唖然としました。こんなにも広範囲に地雷が埋められていて、その地雷で何の罪もない人々が被害にあっているというのは本当に意味が分からないし、「どうして」という気持ちがすごくありました。実際に爆破の現場を見せて頂いて音と一つの地雷の威力に驚き、こんなのが戦争中数多く埋められていて、簡単に人の命を奪っていたと思うと恐ろしかったし、とても腹が立ちました。

17.02.13 小宮 聖那

小宮聖那
金城学院大学1年

宿舎の隣にある日本語学校では、皆楽しそうに日本語を学んで話していて、私はこんなに楽しく外国語を学んでいないと痛感しました。カンボジアの人たちや高山さんに出会え、夢の一つも答えられない自分が悲しかったけれど、「今大学1年生でそのことに気が付いてよかった、これからあれこれに手を出すのでなく、目的意識を持って行動していこう」と決意することができました。高山さんはご自身を「いじわるおじいさん」と紹介されていましたが、「素敵なおじいさん」としか思えませんでした。高山さんはしっかりと自分の目的意識、本質が見えているからそのための行動ができ、その姿を皆さんが見ているから協力したくなるのでしょう。自分も高山さんのようになりたいと強く思いました。

17.02.13 伊藤 成美

伊藤成美
金城学院大学1年

カンボジアでの3日間で一番苦戦したことはトイレとお風呂でした。タサエン村では冷たい水か少し温かいお湯しか出てこなくて初めは戸惑いました。しかしこれも文化、習慣の違いと身をもって実感、学ぶことができました。一番印象に残っているのはケンさんのお話しです。地雷を踏んで片足をなくしたケンさんですが、いつも笑顔で前向きな方でした。高山さんに会えて、タサエン村に来られて本当によかったです。

17.02.13 中井 祐里

中井祐里
金城学院大学1年

地雷処理の現場見学では、実際に地雷や地雷処理の様子を見せてもらえるなど、本当に貴重な経験でした。また、高山さんの「よい歴史を作ることが、消えない財産」という言葉に胸を打たれました。村での生活では、水で身体を洗ったり、床でご飯を食べたり、ハンモックで寝たり、日本でできない体験で楽しかったです。

17.02.13 村山 美奈

村山美奈
金城学院大学1年

タサエン村の3日間ではスマホやタブレットから離れた生活を送りました。不便に感じることもありましたが、機械に頼らないことで生まれる人と人とのコミュニケーションは心と心が触れ合う温かいコミュニケーションであるということに気が付きました。今の私たちが欠けているのは、人と対面し、きちんと向き合って、相手の気持ちを理解し、価値観を尊重し合うことで強固な信頼関係を築くことだと思います。その結果として、高山さんのように村のみんなと良好な関係が築けるのだと思いました。
私の夢は国連スタッフになることです。そのための英語の学習を頑張ってきましたが、言語ではなく、笑顔のコミュニケーションは人を幸せにすることが出来るということを村の人たちとの共同生活から感じました。

17.02.13 世古 歩

世古歩
金城学院大学1年
私が一番感動したことはご飯がものすごく美味しかったことです。カンボジア料理もとても美味しかったです。車に乗った時は道路が凸凹だなあと思いました。雨季には通れなくなる場所もあるのはとても不便だろうと思いました。
「6年前ここの畑は一面地雷で処理されていなかったんだよ。」と聞いた時は6年も時間がかかるのか、たった六年でここまで処理ができたのか判断は私にはできないけれど、それでも私にも簡単なことではないことがわかりました。もっとカンボジアについて勉強して、私がやりたいことが明確になった時、またタサエンに来たいです。その時はまた高山さんに是非お会いしたいです。

17.02.13 村上 あやか

村上あやか
金城学院大学1年
高山さんから時間のことや、整理整頓のことなどを最初に聞いて、3日間意識して生活することができました。この意識を日本に帰っても忘れず、規則正しい生活を心掛けていきたいと思いました。
 実際に地雷の本物を見たり、爆破処理の現場を見ることができたり、貴重な体験をたくさんすることができて、実際に肌で感じることの大切さも実感しました。

17.02.13 荒川 栞

荒川 栞
金城学院大学1年

カンボジアの人は自然に囲まれて生活するから、心が豊かだと聞いていましたが、確かにこの生活を始めて自然で楽しんでささいな事で笑いあって、みんなと話す機会が増えました。協力したり、支え合ったりしました。日本人か忘れていることではないでしょうか。
高山さんのお話を聞いて、日本には空想的平和論者が多すぎると思います。言葉を持つ私たちだからこそ、もっと話し合わなければと思いました。
私たちはもう親になってもおかしくない歳になりました。子供たちの世代に、よい財産、よい歴史を残して、悲しい歴史の現実も教えたいです。

17.02.13 宮川 智美

宮川 智美
金城学院大学1年

一人暮らしの私はいつも冷凍食品を電子レンジで温めて食べる生活をしていました。農村に泊まった時、にわとりの声で目覚め、朝ご飯を食べることがすごく人間らしく、忙しい毎日でずっと忘れていた本当の人間らしい生活ができ、とても楽しかったです。
タサエン村には中学校が1つしかない問題や、道が凸凹で雨季になると道が使えない問題があることを知りました。日本に帰ってから、学んだことをポスターやフリーペーパーなどにして、私と同世代に伝えて日本人に少しでもカンボジアのことを知ってほしいです。

17.02.13 鈴木 里奈

鈴木里奈
金城学院大学1年

カンボジアに来てカンボジアの事だけではなく、日本の事についても色々な視点から考えさせられることが多かったです。自分は将来中学校の先生になりたいと考えていたので、村に来て中学校や日本語教室に訪問することができたことはとてもよい刺激になりました。タサエン村に中学校が1つしかなく、しかも先生はほかの仕事も行っているため、問題と答えだけを黒板に書いて学校にいないこともよくあることは驚きました。子供たちの多くが将来先生になりたいと夢をもっていること、とても楽しそうに勉強している姿も忘れられません。

17.02.13 冨田 亜莉沙

冨田亜莉沙
金城学院大学1年

トップの人の考えで、どうなるのかが変わる。物事の本質を明確にして、目的のためにどうすればよいかを常に考えていれば、良い方向に進めるという言葉の意味がとてもよくわかりました。お金持ちでも最終目的がお金をもつことではただの自己満足になってしまい、一時的な快楽でしかなくなってしまいます。私もアルバイトでお金の為に働いていて、最近とてもやめたくなっていたので、まさに今の自分について言われているのだと感じました。これからの生活では、物事の本質を明確にして、どうしたら目的を達成できるのか手段を常に考えるようにして、心が豊かな人になっていきたいと思いました。

17.02.13 稲垣 知春

稲垣知春
金城学院大学1年

高山さんとお話して、わたしも目的を持ち、本質を探して行動したいと思いました。やりたいことにどんどんチャレンジしていきたいし、カンボジアの話を聞いて、日本はチャンスが多く与えられていると感じました。村の皆さんから貴重な話をたくさん聞くことができ、高山さんと村の皆さんとの信頼関係がとても素敵だなと感じました。

17.02.13 柳崎

柳崎
金城学院大学1年

地雷処理の現場を見たり、日本語の教師をしたり、多くの貴重な体験ができたのですが、何より私が貴重だと感じたのは高山さんのお話でした。日本という閉ざされた環境で、同じような人間、同じような考え方があって、それに共感することが当たり前だった自分がばかばかしく感じるほど自分の考えをまっすぐ貫いて、かつ今の日本人にはないであろう考えの高山さん。現実から目をそむけ、平和を語る多くの日本人にタブー化された軍事にもっと目を向けてほしいと強く感じ、自分も軍事にしっかり向き合い、学ぶべきだと思いました。

17.02.13 森 杏香

森杏香
金城学院大学1年

日本に一生いては確実に考えもしなかったし、見ることもできなかっただろうという景色をたくさん見せていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。会話なんてなくても、コミュニケーションは取ることはできる。英語圏にばかりとらわれていて、クメール語が全然わからなかった私でも「オークンチュラン」というだけで優しい気持ちになれました。






17.01.22 田中 美久

田中 美久

高山さんに教えていただいたことは、たった3日間の滞在だったとは思えない程沢山あります。しかし一番私の中で大きな収穫だと感じているのは、「本質を見極めること」の重要性に気付けたことです。実際に高山さんが何度も口にされていたこの言葉は、様々な現場を見させていただき、高山さんとの会話の中で得たヒントから、実感し深く理解することができました。

「一体何が本質なのか」。それは地雷事故の殉職者10年目の慰霊祭でのご遺族への配慮や過去を忘れないこと。この場所に井戸は本当に必要とされているのかということ。学校建設というハードを道具にソフトの部分を育てていくこと。地雷撤去処理で安全を確保することだったり。

タサエンの暮らしに限ったことではない。すべての人の人生における幸せ。世界平和。誰しもが望むそれらに少しでも近づくために、本質を見極め、現実と照らし合わせながらみんなでアイデアを出し合い工夫して生きていく。そのことを日々意識して、日本での生活を気持ち新たにはじめたい。そうおもうきっかけ、気付きを与えて下さり、本当に有難うございました。また、タサエンに帰って来ます。

これからも人生楽しみます。




17.01.09 村上 ナオミ

「カンボジアの赤い大地」
村上ナオミ

カンボジアの赤い道路をひたすら走る。赤い土色が粘土質に見えたから、焼き物が盛んなのかと現地ガイドに尋ねてみたら、「焼くより蒸すか揚げるのが多いです。」と答えてくれた。魚の調理法と勘違いされ たため、陶芸の有り無しは不明のままだ。 が、赤い道路はくっきりと緑の大地の中を伸び広がり、道端にはハスの花の咲いている沼が散見する。日本なら、カメラマンが殺到しそうな光景が当たり前に広がっていた。北半球は今、冬のはずだが、木々も緑色濃くて、いったいいつ木々は葉っぱを落とすのだろう。

そんな大地を 7 時間あまり走ってタサエンの村についた。荷を解く暇もなく、ソラークマエの工場に案内され、仕上がったばかりのまだ温かい焼酎を試飲する。濃いのにさっぱりした味だ。 引き続き夕方5時からは日本語学校の子供たちが登校してくるのに合わせて教室にお邪魔する。低学年の子供たちのクラスに入る。いきいき、キラキラした子供たちの目は、久しく日本では見たことがなかったと思えるほどだ。 それからやっと部屋に案内され、トイレの使い方を教えられ、犬と猫によう~く吟味されてから、夕食、高山さんとたっぷり話して就寝となった。
ニワトリは時の声を朝 1回だけ上げるものだと思っていたが、自由すぎるここのニワトリは夜中のたぶん3時ごろから何度も高らかに鳴く。犬は番犬としての役割を忠実に果たし、夜中のバイク音に激しく 吠えていた。

翌日、この旅のメインイベントである、地雷処理の現場へ。宿舎で朝礼の時に会った5人のデマイナーたちは笑顔いっぱいで挨拶してくれて親しみやすい。しかし、現場で出会う同じデマイナーたちは真剣な顔で地雷探索、爆破処理をしている。爆破音は乾いているが、胸にズシンと響く音だった。7人のデマイナーたちが殉職した慰霊碑も後で訪れたが、これを見れば、この仕事が命がけであることがよくわかる。 明るくて冗談ばかり言いかけてくる笑顔の素敵な彼、彼女たちの安全を祈らずにはいられない。

タサエンの村を離れてからは、アンコールワット、アンコールトムのあるシェムリアップの見学、プノンペンに戻って王宮やポルポト時代の刑務所の見学。どちらも車(或いはトゥクトゥク)とガイドのお世話になった。カンボジアの人と日本語で話せるという幸運に恵まれ、彼らのカンボジアに対する思いを聞くことができた。一人では歩き回れなかった分、彼らの人柄、考え方に触れられてよかった。ガイド本には「政治的な話はするな。」と書かれているが、彼らは積極的に話してくれたように思う。日本や、今は中国からの支援も多いと聞く。国の発展とは何を目指すのが正しいのか、私にはわからなくなっている。

今回の旅では本当にたくさんの方々のお世話になりました。高山さんはもちろん、通訳のソックミエンさんと奥様、タサエンまで送ってくださったソッカーンさんと運転手くん、ホテルを予約してくださった門田さん、ハウスキーパーのチャンテーンさん、適切なアドバイスをくださった事務局の方々、などなど、皆様に心からお礼申し上げます。


17.01.06 岡本 拓道

岡本拓道
大阪府立佐野高等学校 1年

「生」と「死」から学ぶというか、地雷撤去の時に犠牲になった方や、農作業中に犠牲になった方がいて、その過去の上に今、自分たちは生きているのだと感じた。
そのことを考えると易々と死をあつかうことはできない。
何も感じず、考えず、ただ時間を消費するのは過去に生きた人に失礼だと思う。
生き方は人それぞれだし、考え方や立場も人それぞれだから。
そのうえで、各々がどう生きるかが大切なんだと思った。


17.01.06 原田 ゆうた

原田ゆうた
大阪府立佐野高等学校 

1月6日、今日は感情がじゅうおうむじんに変化した日だ。
昼は泣いていた。夜は笑っていた。
地雷撤去作業員7名のいれい碑に連れていってもらった時、とても悲しかった。彼らがかわいそうとは思わなかった。実際に会ったこともない。でも彼らを失った高山さんの気持ちを考えてしまうと何とも言えない感情がこみあげてきた。



17.01.06 大塚 麻由

大塚麻由
大阪府立佐野高等学校 2年

自分がこのスタディツアーに参加して、分かったことは、自分自身の意志のぐちゃぐちゃでぶれぶれなところかなあと思います。
“その国の人として見るんじゃなくて、人として見る”ということが出来てないなあと思いました。
自分が思ったことは、ずっと日本とカンボジアを比べていることが多くて、比べることが先進国と途上国とかいう枠組みにとらわれてしまうと思いました。自分たちの勝手なものさしで物事を決めてはいけないというか、そういうことをするのは違うなとも思いました。
この世の中にはYESやNOだけとか、RightやWrongだけでできているわけではないと思います。自分は、まだまだ経験も浅く世界の事も分からないことだらけ、ましてや日本の事だけでも状況を把握できていないのに、こういうふうな文を書くのもおかしいと思うけど、やっぱり、一番思うことは、自分がしっかりと考えて辿り着いたものが、自分の中の正解なんじゃないかと思います。




17.01.06 吉崎 紗奈

吉崎 紗奈
大阪府立佐野高等学校 2

私はカンボジアに来るのが2回目で、地雷原を歩くのも2回目でした。
前のスタディツアーでは、地雷の爆発を見ることが出来なかったので、今回こうして見ることができて、すごく勉強になりました。
ごはんがすごく美味しかったです。
日本語学校での交流もすごく楽しかったです。
私は将来カンボジアで働きたいと思っているので、今日、夢のために勉強できて良かったです。一日ありがとうございました。
高山さんに出会えて良かったです。



17.01.06 安田 愛美

安田 愛美
大阪府立佐野高等学校 2年

生きるって何?ってすごく考えさせられました。
地雷原、慰霊碑などを見学した後、会うはずの人が亡くなっていると聞いて、うまく言葉に表されないけど、自分がどんなふうに生きているんやろうと思いました。日本とカンボジアを比較ばっかりして見てしまっていました。
本当にたくさん感じて学べて、楽しめて、最高でした。ありがとうございました。


17.01.06 阪口 湖子

阪口 湖子
大阪府立佐野高等学校 

初めはせっかくカンボジアに来たんだし、たくさんの知らなかったことを得て帰りたいと強く思っていたいたがために、無理やりメモを取ったりしていました。だけど、1日目、2日目と日を積み重ねていくうちに、メモに残す、すなわち言葉で表すのがとても難しく感じるようになっていきました。毎日毎日ハードスケジュールで1日がとても濃くて、なんか支援とか貧困とかを学ぶというよりも、日本との生活の違いにビックリしてしまう自分の方が大きくて、それっていいのかなとも思ったりもしました。だから、私はもっと余裕を持ってもう一度カンボジアを訪れたいなと思います。
高山さんとたくさん話ができて、とても良い経験になったなと強く思いました。必ずまた会いに来ます!
100歳以上まで生きて下さいね!


17.01.06 横田 藍子

横田 藍子
大阪府立佐野高等学校 

100円ショップで売られている商品を作っているとこを見学したときは、初めてカンボジアで作られていることを知り、こういう所が増えたら、たくさんお金を稼げて良いなと思いました。けれど、そういう所ばかりできてしまうと、逆に農業をする人たちが減って、自力で生活する人が少なくなるなとも思いました。もめごとがもし起こったとして、支援がたちきられると、生活に困る人がたくさんでてくると思います。
日本は先進国と言われて、確かにお金や物はたくさんあるけど、人と人とのつながりはカンボジアの方がもっと優れていると思います。

17.01.06 吉田 七海

吉田 七海
大阪府立佐野高等学校

地雷原に行って、現地の方が自分が思っていたよりもポジティブな感じで、でも仕事の時は真剣で、日本人みたいに偉そうにしたり手抜きをしてなくてすごいなと思いました。村の人たちもみんな優しくすごく純粋で、久しぶりに温かい気持ちになりました。カンボジアに来て、人ってこんなにも温かいんだなと感動しました。

17.01.06 立花 空

立花 空
大阪府立佐野高等学校

もし、佐野高校に通ってなかったり、普通の授業を受けてるだけやったら、地雷の事なんてほとんど知らなかったと思うし、そういうことを日本はあんまり教えてないからあかんと思った。地雷を処理する仕事とか、みんなにあまり気付かれない仕事、例えば日本だったら電車の線路を点検する人とか、そういう人を見て感謝できる人になりたい。



17.01.06 南出 さき

南出 さき
大阪府立佐野高等学校

今日は人生で初めて爆弾が爆発するのを見ました。これは本当に慣れてしまったら危ない仕事やなと思いました。自分が犠牲になってでも、他の人のために何かができるってすごいことだと思いました。今日1日だけじゃないけど、このカンボジアのスタディツアーで人生はじめてのことをたくさん経験できて、すごく良かったです。


17.01.06 南 知里

南 知里
大阪府立佐野高等学校

女の人も金属探知機を持って地雷を処理しているのを見て、本当にたくましいと思いました。宿舎の時も男性は椅子に座っていたけれど、女の人は奥で料理を作っていたり、洗濯物を干したり、日本人もするけどあそこまでせいをだして色々とやってもらったことがなくて、本当に素晴らしいと思いました。今日も朝早くからお弁当を作ってもらいました。それもみんなの分。
日本人よりもカンボジア人のほうがたくましいと思いました。


17.01.06 中島 秀太

中島 秀太
大阪府立佐野高等学校

今まで何千個という地雷を撤去していると、慣れとかはできてくるものだと思いますが、「その時が一番危険」という言葉を聞いて、何をするときもその通りだと思いました。毎回、これ以上にないぐらい集中してできることは本当にすごいと思いました。